やっちです。
恋愛において相手との関係がうまくいかないパターンが決まっていたりしませんか?
こんなに相手を大切にしているのに離れていってしまう、逆に、相手との深い関係を拒んでしまう。
ジョン・ボウルヴィ博士が提唱したアタッチメント理論(愛情表現に関する理論)によれば、恋愛関係においてタイプは3つだけとのこと。
幼少の頃の両親との関係と、その後の人生で受けた影響で行動パターンが決まってくるようです。
今回は、愛への執着3パターンの特徴と対策についてです。
恋愛関係における型は決まっている
張り裂けそうなくらいほしい人はいますか?
あなたは本当に、独占欲の強い人ですね。
自分の手中になんか、おさまるわけないのに。
それでも、その人がほしいんですよね。
好きとか愛しているとか、そういう言葉でごまかそうとしても、自分にウソはつけないんですよ。
激しく揺さぶられ暴走した心は、自分で抑えようがないんですよね。
相手を独占したいんですよね。
相手が他の人と仲良くしていると、モヤモヤするでしょう?
異性とどこかに出かけてしまった彼に、何を思いますか?
どうしようもなくイライラしたり、ぶつけようのない想いに発狂することもあるかもしれませんね。
そんな、いつも相手との関係が不安でしょうがない人のアタッチメントは不安型とされています(3つの型については後述しています)。
いつもパターンが決まっているのですが、自分の型を理解していない人は、「次こそいい人に出会えたら」と思ってしまい、矢印が自分に向かないんですね。
本能と理性はいつも戦っている
本能を理性で抑える前提である人間は、考えて恋をしようとします。
ここでの考えるというのは、自分にとって得か損か、あるいは周りはどう思うか、尊敬できるかどうかなど、理屈に沿ってその人を見るという意味を指します。
多くの人が、相手のステータス(年収、勤務先、外見など)で相手を判断する傾向にあるのはそのためです。
理性こそ、ある意味では人の恋愛を邪魔するものなのでしょう。
理性が飛んで、本能をむき出しにした人間の行いはニュースで見ている通りです。
とはいえ、いくら本能を大切にしたいと意識しても、理性が働くのが人間ですよね。
実は自分で理性と思っていることが、本能から繋がっていることだとしたらどうでしょう。
どういうことかというと、たとえば自分で選択して買っている服は、本能で「かわいくなりたい」と感じながら、理性で地味な服を選ぶ場合があります。
かわいくなりたいなら、かわいい服を選びそうなものですよね。
実は、地味な服を着ることで、「自分はかわいいし、愛されていい」という本能を否定しているのです。
なぜ本能への否定が入るかというと、背景として過去に自分の主張に対して否定され続けるような場面があったはずです。
たとえば、泣いているのに母親が来てくれないようなことがあったなら、自分は主張する価値のない人間であると思い込みます。
このようなことから、恋人に対する愛着が激しい人というのは、その人の元々の人間性というより、幼少の頃にどう育てられたかが関係しているようです。
そんな愛着について研究し、提唱している人がいます。
愛着理論について
【世界で主流だった、母親は子供の泣き声に反応してはいけない論を覆した】
イギリスのボウルビィとアメリカのエインスワースが確立した愛着理論。
危険があればすぐに母親が来てくれると確信することで、母親を安全地帯として、安心して自立できる。
そして他者を信じることができるようになる。
— やっち / 恋愛と家族の関係性 (@yauchiyauchi) 2018年10月16日
実は、最近生まれた娘との関係について考えていて、煮え切らなかったのが以下の2点について。
- 依存を避けるために赤ちゃんが泣いてもすぐに駈け寄らない
- 赤ちゃんが泣いたらすぐに駈け寄る
長いあいだ世界中で、「依存心が強くなるので、母親は子どもの泣き声に反応してはいけない」説が当たり前とされてきました。
しかしイギリスの精神科医のジョン・ボウルビィやアメリカの発達心理学者のメアリー・エインスワースらによって1980年代に確立されたアタッチメント理論(愛着理論)がそれを覆します。
これは、その人が人間関係を築いていく上でベースとなる認知の様式です。
認知というのは、「その人が、どんなふうにものごとを捉えているのか?」のパターンです。
たとえば、失敗を成功するための材料程度にしか考えない人もいれば、失敗する自分はなんてダメなんだろうと責める人もいます。
恋人と連絡が取れないときに浮気をしているのではないかと考える人もいれば、電源が切れていたり仕事で忙しいのだろうとあまり心配しない人もいます。
- 安定型(もっとも多い。フランクな関係。親密で温かい関係を築こうとする)
- 不安型(過度な期待。いつも不安でそわそわ、依存、喪失への危機感)
- 回避型(ベタベタが嫌。深い関係を避ける。相手と距離を置こうとする)
なぜ愛着理論に注目しているかというと、乳幼児期の特定の人物との愛着形成が、大人になったときの愛着スタイルに大きく関わるためです。
生まれて半年から1年半の間に、赤ん坊の泣き声にすぐに愛情を持って反応する母親の子どもは安定型の傾向を示し、喜怒哀楽をはっきりと示す健全な子に育つそうです。
うちの娘は今4ヵ月なので、もうすぐ半年を迎えるにあたり意識しようと思っています。
安定、不安、回避型の特徴
赤ん坊のときに愛情いっぱいで育った安定型は、パートナーに対しての姿勢がとても自然で、愛情表現がうまく、相手のことを察することもできます。
回避型の子どもは親の目から遠ざかるようにおとなしく、形式ばった挨拶をしたり、おもちゃに没頭し続けたりなどします。
親に期待しても何も得られないので「自分でなんとかしないといけない」と学習したのが回避型です。
不安型の子どもは心配性になったり、親をコントロールしようとしたり、逆に拒否したりする行動が見られます。
親への信頼がないのは回避型と同様で、大きくちがうのは「相手を混乱させ振り回そうとする」点です。
他者への高すぎる信頼から、拒絶に対する過度な絶望感を感じるのが不安型です。
恋愛に見られる不安型と回避型の行動
不安型の人は、誰かがそばにいてくれないと落ち着きません。
その人のことを本当に愛しているかは別として、そばにいてさえくれればしがみつきます。
不安型の人にとってセックスは自らの存在を認める行為であり、とても重要な意味を持ちます。
相手からの愛情が感じられなくなればなるほど、身体の関係の欲望は強くなります。
言葉の通り「繋がり」こそ、不安型の人にとって自分の存在を確かなものとすることなのです。
「愛していそうな人」から愛を感じられず、別の人に優しくされ愛を感じた瞬間にそちらに移るということも不安型の人にとっては簡単なことです。
回避型の人にとって人間関係はネガティブなものなので、「恋愛はめんどうだからしなくていい」と考えます。
彼らにとってセックスは快楽でも安心でもなく、人生の中のひとつのイベントにすぎません。
回避型の人は誰とも深い関係を持ちたくないが、軽い関係をたくさん持ちたい傾向にあります。
だからこそ、自分のやりたいことに人を利用したり、支配欲などの自己愛的な衝動にかられ、誰でもよしとする乱交に走ったりします。
セックスさえできればいい男性と、そばにいてくれさえすればいい女性は関係が続くことが多いです。
外から見たら明らかにうまくいっていない関係でも長く続くのは、お互いの利点が合致しているからです。
周りにそういう人っていそうでしょうか?
不安、回避型に育った大人はどうすればいいか
最初にはっきりさせておかなくてはいけないのは、不安型も回避型も、あくまでそれは特徴でしかないということです。
自分と相手の特徴をよく理解し、お互いにどう接するのが心地いいのかを確かめ合うことが大切と考えています。
たとえば、相手が自分を愛しているかどうかいつも不安でいるならば、相手にきちんと向き合って愛していることを伝えてもらえるとよい関係が築けます。
そして、アタッチメントは変化することが可能ということが研究でわかっていて、4年で25%の人が変われたというデータがあります。
心理療法で過去の自分と向き合い、過去の環境や自分をゆるし、手放していく方法が効果的なのだそうです。
精神科やセラピーもありますが、個人的には心理カウンセラーの根本先生を訪ねるのが確実かと思います。公開セッションを拝見した時、多くの人が泣きながら、すっきりした顔で帰っていきました。
とはいえそこまで足を運べない人は、日々の生活の中でできることがあるとしたら、安定型の人のそばにいることが有効です。
できれば、安定型の人と付き合えるといいですね。
日本では6割ほどの人が安定型とされています。
どう判断するかで言えば、「そこに存在するだけで、周りに元気や勇気を与えてくれる人」で考えるとわかりやすいです。
必ずしも成功している人、活躍している人がそうであるとは限りませんのであしからず。
最初は眩しくて、自分なんかが関わっていていいのかと思うこともあるでしょう。
でも、ほんの少しだけ頑張ってください。
次第に、その影響を受けて自分も周りの人に元気を与えられる存在になっているはずです。
子どもとの関係が、将来をつくる
子どもが生まれた人、これからの人には、是非とも1歳半までの間の子どもとの関係を意識してほしく思います。
怖がらせるつもりはありませんが、親が回避型や不安型の場合、子はそれを確実に受け継ぎます。
子どものことを思えば、自分が穏やかな安定型になってから子どもを生むのが子どものための愛と言えます。
既に回避型や不安型の子どもがいる人は、自分が安定型になる努力をしつつ、子どもへの愛情を今この瞬間から全力で注ぐことをオススメします。
突然に子どもが親から離れることがあるならば、過去の自分の過ちが原因になっていることは間違いありません。
親が安心安全な場として思われていないからこそ、自立するか暴れて困らせるかしか選択肢がなかったのです。
少なくとも僕は、ボロボロになっても、傷ついても、失敗しても、いつでも子どもが還れる場所であることが、親の務めと思っています。
還れる場所であれば、物理的な支援は少なかったとしても親としての責任は果たしているのです。
必要なことは、愛されている実感だけなのです。
あなたは、愛されてきましたか?
あなたの子どもは、愛されていると思いますか?