円満夫婦はなぜ円満なのか?~当たり前を疑う~

純愛伝道師のやっちです。

さて、今日は円満夫婦シリーズ。当たり前の危険性について。

ずっと相手を好きでい続けたい人向け。

 

 

円満夫婦はなぜ円満なのか?

円満夫婦に共通するポイントはどこなのか?
周りでもよく話題にされますし、ネットでも情報が溢れています。

周りでほっこりする夫婦はいますか?
その人たちに共通する雰囲気や在り方は、
はっきりと言葉にできなくても、なんとなくわかりますよね。

お互いにやりたいことがあったり、離れててもお互いに信じ合っていたり、お互いを応援する姿勢を感じたり。

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付き合っている時から喧嘩したことがない

そんな風に言う夫婦もいます。
毎日のように喧嘩をしてしまう夫婦は、
「そんなことあるわけがない」と言います。

ただ、実際に僕も周りのカップルも喧嘩になっていない。

一体、何が違うんでしょうか。

 

恋愛して結婚すると、「好きだから大丈夫」という慢心が生まれる

恋愛結婚という言葉を知っていますか?

恋愛から発展した結婚のことですが、
結婚=恋愛の延長
という方程式が一般に考えられています。
でも、そうではない人もいます。

昨今、よく言われている「結婚する意味がわからない」この言葉が出てくるのも、制度としての結婚を、強制的にされているような感覚の現れではないでしょうか。

根本をお話しますと、結婚する=妻と夫は愛し合っている」
この、社会で前提とされる部分に離婚の罠が潜んでいると思っています

自分が相手のことを好きである

相手も自分のことを好きである(または好きになる)

付き合う

しばらくお互いをさらに知る期間

結婚する

付き合っている時点で、その二人がお互いのことを好きでい続けると思いますか?

よく考えてみてください。
人を好きになることって、そうそうない奇跡です

70億分の1を好きになるその刹那の瞬間、
科学的に証明できない謎の雷に打ちひしがれ、
どうやらこの人のことが気になってしょうがない状態になる。

ここで考えていただきたいのが、人間はずっと継続する生き物ではないんです

なぜ、仕事も趣味も生活リズムすら長続きしない人間が、恋愛や結婚は長続きする前提なんでしょうか。

慢心もほどほどに。

好きでい続けるのではなく、日々、更新していると考えるのが普通でしょう。

 

当たり前ではなく、その瞬間を生きる

恋愛は当り前ではない。

結婚も当り前ではない

お互いが愛し合っている前提というのはそもそも存在しません。

僕は週3ぐらいで妻に告白をします。
好きとか愛しているということを前提にしていないから。どんなとこが好きなのか。なぜ一緒にいるのか。それを常に問います。

(改まって言うのではなく、会話の中で突然言います)

周りの友人によく、「付き合いたての頃より今のほうが妻が好き」と言います。

これはなぜかというと、良いことも悪いことも彼女のことをどんどん知っていって、知れば知るほど好きになるということです。

例えばあなたがカフェ好きな人だとします。
行きつけの素敵なカフェがあったとします。
すごくステキな雰囲気。あなたはまた来ようと思いました。

また来てみたら、店員さんのサービスに感動しました。
また来てみたら、イベントが行われていて日常と違う空間もあると知りました。
また来てみたら、お店のまったく知らない部分を知り、もっと好きになりました。

ステキな雰囲気を気に入って、また来たカフェには、他にもいろいろな良い部分がありました。もっと探せばあるでしょう。

そして、当然悪いところもあるんです。

別に悪いところがあろうが、あなたはこのカフェに通うでしょう。
居心地の良さや感動がそこにはあるからです。

これは、「良いカフェである前提」というよりは、今その瞬間にあなたが感じているカフェが、ステキなんです

瞬間を生きる

この概念こそ、僕がとても大切にしていることの一つで、夫婦間に必要なパートナーシップです。

当たり前と言われているからそうする、周りがこう言っているからそうする、というのは思考停止状態です。

なぜ自分はこの人と一緒にいるのかを考えると、今よりもっともっと愛おしくなってくるものですよ。

 

 

まとめ

夫婦愛は、付き合ってお互いを好きなった二人がこれから育むもの。

お互いが好きであるという前提はありえません。

なにごともそうですが、当たり前は当たり前ではなく、いくつもの複雑な要素が組み合わさった、

奇跡のような状態といえます。ただ慣れているだけです。

是非、お互いの愛を伝えあい、確かめ合ってくださいね。