人類は、なぜ恋愛を生んだのか

やっちです。

恋愛について調べていくと、だんだん宗教寄りになってしまったり、宇宙寄りになってしまったり、気をつけないと片道切符で帰ってこれなくなります。

宗教寄りというのは、キリスト教の聖書にたどり着き、愛について深めていく方向。

宇宙寄りというのは、お互いの魂を磨き合うソウルメイトとのパートナーシップを深めること。

どちらにも立ち寄ってみたのですが、僕にとってはそれはそれ、ということで知識に盛り込むという形にしました。

人類はなぜ恋愛を生んだのかがちょっとよくわからなくて、このテーマはずっと探し続けて、死ぬ間際になんとなく見えたらいいなと思っています。

 

恋愛がなくても人類は繁栄できる

人間は頭がいいというだけで、種族としては猿ですよね。

そして動物は、生まれて、成長し、子どもをつくります。

これらの一連の流れを疑問なく行います。

そのことについて考えるのなんて人間ぐらい。

やっかいな知性を身につけたものです。

人間と猿のちがいはほんの一部の脳の機能。

人間は、本能のままに動きません。

理性が働き、考えて動きます。

同時に、本能を無視して、社会のルールに合わせるようになり、自分を見失いながら生きるという人も増えました。

そのおかげで、僕たちはすれ違った人の食べ物を奪わないし、急にセックスを始めることもないのです。(稀にいる機能停止さんは除外)

それで、この「考える」ということ自体が人間にとって快楽で、悩むからこそ、それが解消されたときに気持ちいいわけです。

性欲と並ぶ快楽が、「悩みの解決」であるそうです。

つまり、悩みの解決を得るために、人は悩むということです。

生殖行為に関しても、男または女を口説かなくてはいけない、という難問を生み出しました。

そして、それはやがて「恋愛」に繋がってきます。

恋愛は悩むためのものだとすると、人類にとっては、必要ないはずのものだったのです。

 

なぜ、恋愛をするのか?

恋愛をするのは、悩みという快楽を得るためなのでしょうか。

だからこそ、付き合えたら満足し、離れるカップルが後を絶たないのかもしれません。

それは、本能的には正しいのでしょう。

一方で、付き合えた後もずっと恋愛を続けるカップルがいます。

結婚をする人もいます。

おかしいですよね。

付き合えたなら、恋の悩みは消えるはず。

ただし、恋愛は悩むために存在するなら、新たな悩みを生まなくてはいけない。

そんなわけで、付き合ったあともお互いのことで悩みが生まれるんですね。

悩みたいから悩んでいるので、エンドレスなのです。

悩んで悩んで、苦しくなる人もいます。

極端な人は、嫌になって逃げだす人も。

そこまでして、恋愛をしたいものなのでしょうか。

悩むために恋愛が存在しているのに、恋愛をしたい衝動はおさまらず、悩みを解消しようとする。

悩みが解決すると、また悩みたくなります。

身に覚えがある人もいるかもしれませんが、ループにはまっていくのが恋愛です。

中毒性がすごいんですよね。

抜けられなくなる人がほとんどです。

ますます、なぜ恋愛をするのかわからなくなってきますよね。

 

自分のために恋してみるのはどうだろうか

当たり前かもしれませんが、恋愛を自分のためにすると、いいことがあるかもしれません。

それは、欲望を満たすことではなく、自分の成長のための恋愛ということです。

どういうことかというと、以下の通りです

 

好きな人ができる=自分の好きな人を知っている

当たり前に聞こえるかもしれませんが、自分の好きな人を知っているというのはすごいことです。

好きな人ができることは、それだけで誇らしいことであり、自己発見でもあるのです。

恋愛を自分に活かすなら、好きな人を見つけることがスタートです。

 

付き合う=ちがいを認め合う

付き合ってみると、相手と自分のちがいが見えてきます。

その差は、小さかったり、大きかったりします。

相手とちがうと認識するということは、自分のことを知るということです。

世界に自分ひとりであれば、自分がどういう人間であるかなど、そもそも考えません。

誰かがいるから、自分が見えます。

そしてもっとも近い他人であるパートナーこそ、自分を知る機会を与えてくれるのです。

 

子どもをつくる=長期共同作業

子どもは基本的に、ひとりで育てることはできません。

その環境になればなんとかするので、実際にはひとりで育てる人もいるのかもしれませんが、少数派です。

昔は村で子を育てるというぐらい、広いコミュニティで子どもを育てるのが普通でした。

現在ではおじいちゃん、おばあちゃんも一緒に暮らす拡大家族どころか、夫婦のみの世帯である核家族が主流になっています。

現代人は共働きも当たり前になってきており、情報を得やすい社会になったとはいえ、子育ての難易度はますます上がっています。

そんな中で、子育てを夫婦でしていくことは大きな試練です。

パートナーシップという言葉があります。

本当の意味でお互いの功績を称え合う関係でなければ、空気を読む天才である子どもに夫婦仲は見抜かれてしまうでしょう。

親に気を使っていい子でいようとする子どもは、残念ながら大人になって誰にでもいい子でいようとしてしまい、社会でも人間関係でも苦労するでしょう。

子どもにとって「いい環境」とは、両親の仲がよいことであり、そんな2人の間に生まれ愛されて育ったという実感なのです。

長期の共同作業である子育ては、夫婦を成長させてくれます。

そして、2人で暮らしていた頃と比べものにならないほどにお互いのことを知ることになります。

ここでも、真剣に取り組むほどに自分が見えてくることになるのです。

 

恋愛は、究極の自己発見ツールである

ここまでで、人類がなぜ恋愛を生んだのかが、なんとなく見えた人もいるでしょう。

悩むために男女の間に「悩み」が生まれ、今日も私たちは恋愛に悩んでいます。

繁殖のためには男女が然るべきタイミングで生殖行為を行えばよかったものの、それを難しくしました。

さて、あなたは恋愛をゲームとして行い、リセットとスタートを繰り返しますか?

最愛の人を探し続け、パートナーを得る旅としての恋愛をしますか?

それとも、自己発見のための恋愛をしますか?

どれも正しく、すべて恋愛です。

僕は、自分の人生を変えた恋愛は、やはり自己発見ツールとして存在するのではと考えます。

その上で、最愛の人を見つけられているのです。

今、私たちは子どもが成人した後も50年生きる時代を生きています。

だからこそ、逆算思考のパートナーシップが現代に必要な考え方と思います。