結婚しない人が増えているのではなく、できない人が増えている

保育園に娘を送ったあとの朝さんぽが楽しみなやっちです。

今日は社会観点からみる結婚について。

若者の結婚離れがどんどん進んでいますよね。

2015年の国勢調査を見ると、30代前半の未婚率は男性47.1%、女性34.6%。

40年前では男性14.3%、女性7.7%でした。

結婚する人、減りましたね。

推移を見てみると、2005年からの未婚率はほぼ横ばいなのです。

研究者や官僚の見立てでは、「晩婚化」ということになっていました。

「独身でやりたいことがあるから、結婚を先延ばしにしている」という見方がありました。

ところが、実際は単に結婚できない人が増えたということなのではと考えています。

 

 

結婚したい人の数はほぼ変わっていない?

 

40年前といえば、女性が男性を結婚相手として選ぶ指標として、「収入」がありました。

男性はいい大学を出て、大企業に就職すれば、収入は保証されていたのです。

一方で男性は、自分の好みで女性を選びました。

女性は男性に「どこに勤めているか」を聞き、男性は女性に「可愛い」「家事ができる」などの基準を求めました。

こんなにわかりやすい結婚相手の基準は、現代では考えられないでしょう。

結婚はしたいときにする、ということが成り立っていた社会だったのです。

さて、今はどうでしょうか。

2008年頃、「婚活」という言葉が生まれました。

その背景には、「結婚したくてもできない」という人の急増があります。

結婚したくてもできない人の急増の理由として、経済の変化が挙げられるでしょう。

社会全体として、大学を出ても必ずしも高収入ではなくなっているからです。

大企業であっても収入が伸び悩んだり、非正規社員が増え、将来の安定が見えない男性が増えています。

ただ、男性の収入は減っているのに、女性の「収入」についての意識は変わらないのです。

ということは、女性がある程度の収入を見つけることが難しくなっただけと言えます。

結婚しない人が増えたというけれど、正確には結婚できない人が増えたのでしょう。

 

 

結婚できない人が増えた理由のひとつ、「自由」

 

これまでは血族を巻き込んだ結婚ということで、家族が結婚に介入してきました。

お見合いがセッティングされたり、結婚を考える時期になれば親からの催促があったのです。

また、今より伝統を継続させる意識も強いため、名を後世に残していくという概念が当たり前でした。

そのうち、結婚にも個人の自由を尊重するという概念が生まれました。

結婚も出産も、個人の自由である」という考え方は、国民側にとっては喜ばしく映りました。

ところが、社会にとっては人口の繁栄こそ国を支え、経済を支える基盤となるものです。

全員が結婚も出産もしないという選択を取ってしまったら、困るわけです。

このブログの読者のみなさんもそうかもしれませんが、結婚と出産って強要されたくないですよね。

だから、基本的には自分のペースで考えたいと思うはずなんです。

ただ、そのまま誰とも結ばれないことは、国の存亡に関わるということがなんとなく理解できるのではないでしょうか。

そんなわけで、家族や親戚が結婚について首を突っ込まなくなったこと、そして結婚の自由を尊重する文化が浸透していることが、結婚できない人を増やしている要因と考えられます。

自由とは、すべてのことに自分で責任を持たなくてはいけないということ。

これまで家族に守られてきた、経済と心のケアをすべて自分で行わなくてはいけないとなれば、パートナーが必要となってきます。

みなさん口に出してはいいませんが、無理やりまわりが結婚させてくれた人って、正直なところ「よくこれで結婚できたな」って人が多いのです。

選択して結婚する人、そして選ばれる人というのは、やはり選ばれるだけの人なのです。

一族の将来は関係なく、お互いがお互いを支え合って生きていくということが、必要だったということです。

 

 

結婚が持つ意味は、自分で決めよう

 

結婚できないなら、しなくてもいいのではないかと考える人もいるでしょう。

ただ、ここでは結婚したいのにできない人のことに焦点を当てているので、「しない」選択をする人は当てはまりません。

そもそも、結婚制度は必要なのかという話にも触れておきます。

先ほど申し上げた通り、以前は名の繁栄と継続のため結婚制度によって後世まで名を残していくことが必要でした。

「そういうものである」と、信じたことをそのまま行う団塊世代にとっても、結婚は必要でした。

では、今を生きる私たちにとって、結婚とは何なのでしょうか。

僕は、今や結婚をする意味は「国に公に認められたカップル」という定義でいいと思っています。

事実婚は登録はできますが、パートナーが危篤のときに自分がパートナーであると証明できません。

結婚をしたカップルは、正々堂々と「カップル」と言える、というのが大きな意味を持つのでしょう。

すなわち、結婚制度が「しなくてもいい」ものになっていることは事実かもしれませんが、することで精神的に得られるものもあるということです。

結婚をする意味は、社会的に決められたことがすべてではありません。

自分にとってどのような意味を持つのか、考えてみるとよいでしょう。