1歳の娘が「パパ」を連呼するのでそっと抱きしめた

家族

愛娘家のやっちです。

娘もあっという間に1歳8ヶ月ですよ!

ついこの間生まれたばかりと思っていたのに、今じゃ早歩きを始めました。

ふと目を話すと思わぬところに移動しているので、まさに目が離せません!

 

 

すぐに成長してしまう今の時期を大切にする

今を大切にするということは、当たり前なのかもしれません。

ただ、僕は今の、娘が誕生してからある程度おしゃべりしたり自由に動けるようになるまで、できるだけ側で見ていたい。

もちろん可愛いからなんですけど、人間の神秘を一番近くで見られる特権を得ているような感覚です。

ついこの間まで、動かされるがままの娘でした。

でも今は、楽しいことは楽しいと言い、おいしいものをおいしいと言い、嫌なものは嫌とハッキリ言います。

抵抗もすごくて、自分の思い通りにならないと嫌なんです。

自分の意思がハッキリするということは、大人で言えばわがままに映るかもしれません。

親からすれば、子どもが自己表現をすることは、うれしさ以外の何者でもないんです。

朝の保育園に行く前にダダをこねられると、参ることもありますけどね。

とはいえそこで無理やり遊びをストップさせたり、無理に連れていくのではなく、まずは相手に寄り添います。

すると、気が済んだのか言うことを聞いてくれたりします。

おや、これって恋愛でも同じようなことがありそうですよね。

恋愛は子ども心が出やすいものなので、まさに子どもを通じて学んでいるのかもしれません。

ときどき、こんなやり取りもあっという間に終わってしまうのかって寂しくなることもあります。

哀愁を漂わせることが自然になってきたのも、年を重ねてきた醍醐味でしょうか。

 

 

親がうまく言葉にできないと、子どもは混乱する

自分の考えをうまく伝えられない人っているじゃないですか。

まさに僕のことなんですけども。

ただ、ここ数年でトレーニングは多少なりともしてきたので、だいぶましになりました。

大人同士のコミュニケーションだと、相手が察してくれようとするのでまだいいのです。

子どもはそうはいきません。

子どもは、親の言葉を真似て、自分のものにしていきます。

だから、間違って覚えさせるわけにはいかないのです。

たとえば、「靴下はいて、靴はいて、保育園の先生に会いに行こうよ。先生~って」

そんな風に言うことがあるんです。

それを、「ほら行くよ。靴はいて」

だけだったら、なんか言葉のバリエーションが乏しくなりそうだし、理由とか未来が見えないし、物語になってないなぁなんて。

僕、基本的にすべての行動には明るい未来があってほしいと思うんですよね。

大人はそれをいちいち言葉にしないかもしれないんですけど、子どもにはしっかり示したいなと思うんです。

できるだけ、素敵な言葉も使いたい。

僕と妻は自分たちが傷つきたくないから、人が傷つくような言葉を普段から発しません。

くそとかばかとかあの野郎とか、20代前半に置いてきたような気がします。

言葉って不思議なんですけど、自分の人生を表しているように感じているんです。

汚い言葉を使っていた時期って、世界がそうなっていたなって思います。

無理してその世界に生きなくてよくて、自分で別の世界に生きればいい。

娘には、優しく生きてほしいから、僕たち夫婦の間に生まれたからには優しくなれるんじゃないかと期待しています。

だから、優しい言葉をかけられるように、なるべく、そっと、語りかけます。

朝起こすときは、いつも名前を呼びながら、朝だよ~って言って起こすんです。

間違っても無理やりリビングに連れて行ったりしません。

そういえば、妻にもそうしていましたね。

寝ているときって安らかでいたいじゃないですか。

だから僕も、安らかに接しているんです。

 

 

娘がなでてくれるから、パパもなでる

疲れてたり、落ち込んでたりすると、娘がなでてくれることがあるんです。

わからないように笑顔で接しているつもりなんですけど、わかっちゃうのかなぁ、すごいですよね。

それで、親って弱いですよね、娘が笑顔で接してくれたりすると、泣いちゃうんですよ。

何を落ち込んでいたんだろう、この子はこんなにも懸命に生きているのにって、生きる希望をもらえるんですよね。

パパも、娘がいい子すぎるから、なでます。

お互いになでます。

「パパ」って、しばらく僕を見つめるので、「ん?」って返事すると、うれしそうに僕を抱きしめてくれます。

そのあと、「ママ」って言って、同じことをしたりします。

なんなんだろう、愛情表現なのかなって思うんですけど、平等な愛を示してくれるからうれしいです。

妻は僕が娘から愛されている様子を見ているとうれしそうだし、逆に、僕もうれしいんです。

それぞれの愛が交錯しているときって、なんだかほっこりした空気になって、心なしか家庭が温かくなっているように思います。

よく、妻と「こんなんで大丈夫なのかな。親できているかな」って心配しているんです。

両親はかなり自由で、やりたいことをやり、娘が呼んでても自分たちのこと優先することも多いです。

娘はほどよく我慢し、あまり待たせると「いい加減に娘のめんどう見て!」って訴えてくれるので、なんてバランスのいい子なんだと思います。

そんなとき、娘をなでると、娘も真似して僕をなでます。

こんな日々がずっと続けばいいのにって思うんですけど、どうでしょうね。

僕は、幸せはずっとは続かないものだし、幸せの移り変わりを知っています。

新しい幸せはどんなものかなって思いつつも、今の幸せを楽しんでいます。

夫婦って楽しいです。

家族って温かいです。

 

 

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