小説の書き方を教わる必要がなくなった。読書「一億三千万人のための小説教室」

原稿用紙
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やっち(@koibanaya)です。

小説を書きたいのです。

とはいえ、そもそも小説、詩、エッセイのちがいすらわからない状況です。

さらには文学に触れてこなかった私なので、今年はとにかく世界に踏み込みたいという思いで日々を送っています。

売れたい、名を世に知らしめたいという思いで小説を書く人にはもしかすると役に立たないのかもしれません。

ただ、純粋に「小説を書きたい」と思っている人にはきっとステキなことが残るのではと思いました。

 

 

小説の書き方、みたいなものを買う必要がなくなった

 

ベストセラー小説を書く人たちって、どんな考え方をしているのかな。

作家というのは、文章を書くときにどのような点に意識を向けているのかな。

せっかくなら、小説を既に書いていて、賞をとったり、売れている人たちに習いたいという思いが僕にはありました。

現役の先生が教える、小説教室にも通おうか考えていたほどです。

ただ、本にも教室にもお金を投資する必要がなくなってしまいました。

この本を読めば十分。

あとはひたすら本を読んだり、自分が書けばいいという状態になってしまったのです。

とてつもない本だと思いました。

 

 

誰かの小説を、あかちゃんのようにまねる

 

あかちゃんが誰かのまねをするように、誰かの作品をまねしてみようということが書いてありました。

僕は、まねをするのが下手です。

つい、オリジナリティと呼ばれる、なんの中身もないことに期待して、自分の独自性を考えてしまいます。

しかし、独自性というのは、どうやら誰かのまねをして、書いてみて、あるいはやってみて、あとからついてくるものなのではないか、ということらしいのです。

そして、まねについても、憑依するほどまねをするところまでいくと、たとえば太宰治に入り込みすぎた人が自殺してしまったということも書かれていました。

まねをしていても、どうもうまくいかないような人がいるとしたら、もしかすると「まねぶ」力が弱いのかもしれません。

 

 

小説を書くなら、人生すべてを読むように生きよう

 

小説を書こうと思い、小説について学ぼうと思いました。

しかし、この本を読んで、人生すべてが小説であることに気づかされました。

思えば、すべてのことは、物語によって成り立っています。

地球に生きるすべての動物や植物には、それぞれの人生があり、1日を振り返るだけでも、それは物語であり、小説であるのです。

そんな風に思わせてくれたこの本のおかげさまで、僕は、今やっている振り返りが、既に小説を書いているということなのだと感じられるようになりました。

生きる、ということが自分の書く小説だとしたら、とてもおもしろいことだと思いませんか?

 

 

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