3ヵ月取り組んで身に付けた自分が世の価値に変わるたった一つの思考

純愛伝道師のやっちです。

思考整理の恋愛セッションを90分7500円でやっています。

価値を感じていただけるからこそ、お金をいただいています。

この1ヵ月は特にたくさんの方から声をかけていただき光栄です。

4月に独立してスタートした時の心構えとは明らかに別人になっているのがわかります。

↓他メディアでもこの点は寄稿しています(11/28更新)

恋バナが好きで聞いてたらいつの間にか恋愛アドバイザーで独立した話

 

納得して対価をもらっているか

心から納得して対価をいただく。

このネット時代、お金を稼ぐだけなら本当に誰でもできてしまいます。

できると信じたら、やり方学んでそのまま実行するだけですから。

ただ、心から納得して対価をもらいたい人は話は別です。

こういった人は、ただお金をもらっても自分の中で腑に落ちない。

僕は今のようにフリーランスになりますと、エゴで甘えなのかな?って考えることもありました。

こちらから押すことなく自然に買ってもらえる流れを作りたい。

相手が少しだけ勇気がないなら、やることは背中を押してあげることぐらい。

その流れをどうやって作ったらいいのかわかりませんでした。

お互いにとって気持ちよくなれる空間でないと違和感がある。

だからこそ苦悩してました。

 

 

自分がどう思うかじゃない。相手がどう感じるかがすべてだ

ビジネスと恋愛を別々に考えてしまうように、ビジネスとコミュニケーションも別々に考えてしまっていたのかもしれません。

コミュニケーションは受け手がすべてです。

どんな言葉も、相手がどう感じるかでニュアンス、意味が変わります。

自分が提供しているサービスも、相手がそれをどう思うかのみ。

世間的な良い悪いは関係ない。

そして、「相手のことを考える」などという抽象的なものではなくて、「その人だけに集中する」。

たった一人のためにすべてを注ぐ。

ここに行き着いていない自分に気付きました。

 

 

「売る」という概念がそもそもずれていた

これは完全に教育の影響なんですけど、モノを売っているわけじゃないのに、「売る」とするからおかしなことになるんですよね。

売るというのは、いわゆる商売の話であって、そして共通認識のために使っている用語であって、売り方まで従来のやり方でやる必要はないし、売る概念もこれまでと同じようにする必要はまったくない。

そもそも僕は純愛伝道師なんですよ。

売るものないじゃんって話です。

だから、純愛をより深めて、純愛に触れるためにはどうすれば良いかを考えた。

純愛というのは元々すべての人が赤ちゃんの頃に感じているもので、すべての人が持っているもの。

恋愛の面で言いますと、「愛してる」という、それで万物すべてが解決している状態。

そこには理屈、修飾、しがらみ、どんなものも付着していないがあります。

「純がある」というのは、と似たイメージで捉えています。

茶道のように、お茶を淹れる動作一つに集中し、雑念が存在しないクリアな空間。

純愛は、そういった絶対的な相手だけが存在し、一切の介入がない状態です。

僕は気付きました。

そうか、一度、純に戻ってもらう作業が必要なんだと。

 

 

純愛夫婦が純愛であるのはなぜなのか

純愛夫婦が純愛である理由とはなんなんだろうと考えていました。

うまくいっている夫婦と、うまくいっていない夫婦がいる。

同じ出来事でも、別れる夫婦と、別れない夫婦がいる。

これはいったいどういうことかと、不思議に思いました。

自分のことを振り返ったり、周りの素敵な夫婦を見ていると、どうやら共通しているものがありました。

純愛夫婦は特別なものであるわけではなく、要素で成り立っているだけなんだと気付きました。

もちろん、人間性の素晴らしさなどもあるんですが、誰もがその思考は身に着けることができると知りました。

あれ?これじゃないか?自分にできること。

そんな風に、じわじわと込み上げてくるものがありました。

 

 

「探る」という価値。その人の純愛はその人の中にしかない

純愛って何なの?って聞かれます。

ハッキリ言って、愛って何なの?って聞かれた時に十人十色なように、純愛に関しても定義はありません。それぞれの人の中に眠っているものだからです。

いわゆる「商品を販売する」という概念ではたどり着けなかった、その人を元に戻すということや、余計なものを取り除くという作業。

用意されたものを提供して対価をもらうのではなく、とにかく探す、探す、探す。

出てきたものを見てもらい、味わってもらい、気付きを与え、価値を感じてもらう。

「いくらでしたっけ?」

最後に向こうから確認してもらうことが多いです。

義務ではなく、これはお金を払わなきゃって思ってもらえることって、大切ですね。

 

 

終わりに

モノやサービスを売る。

そこにはルールが存在し、無数の「そういうものだ」が存在します。

そもそも売っているの?という所に疑問を抱くことで、思考停止を脱することができます。

モノやサービスそのものに価値があるわけではなく、相手が価値を感じるか。

そして、自分のしていることに自分が心から価値を感じるか。

自分が価値を感じていないとお金を受け取った時に気持ち悪くなるんですよね。

順番が大切で、相手→自分。

このたった一つのシンプルな思考が、また自分の世界を広げました。

わかったつもりというのは本当に怖いですね。

これがないと絶対にまとまらないと気付いた3ヵ月でした。