恋や愛を知っているつもりの私たちへ

恋愛アドバイザーのやっちです!

今日、先日登壇した”おしごと図鑑”のメンバーと、イベントに来てくださった方で飲みました。

そこで、「やっちさんにとって愛って何ですか?」って聞かれて、全然言葉が出てこなかったんです。

これはどうしたことか! と思ったんですが、実はそれが正解。

愛を言語化すると、途端に嘘っぽくなるんです。

愛の動詞って、愛してるって表現されるんですけど、それも何してるのかよくわからないですよね?

それはとても正しくて、愛してるって何してるかわからないからいいんじゃないかなって思うんです。

あなたはどう思いますか?

 

人の愛し方ってみんな知っているのか

誰かを好きになれない。

そんな悩みが増えました。

恋愛をしたい気持ちはあるけど、好きになることができない。

人を好きになる方法なんて、みんな知らないはずなんですよね。

愛するということを認識しているとしたら、それはまやかしかもしれません。

先日、妻がこんなことを言ってました。

愛ってただの勘違いだよね。

おぉ、夫にそれを言うかってそのときはドキっとしたんですが、考えさせられました。

愛は勘違い。

それってすごく純粋なことだなと思います。

愛には実体がないものだとすると、私たちが定義している愛っぽいものは何なのか。

僕は、テレビ、雑誌、マンガなどで観た”愛っぽいもの”を具体化したものなんじゃないかって思います。

愛っぽいものを””としているんじゃないかって思うんですよね。

そして、そこに愛があるなら、「愛してる」ってことになるんですね。

 

恋してますか?

恋したいって人は、恋できなくて困っています。

相手を愛したいわけじゃなくて、恋したいわけですよね。

要は、誰でもいい。

これらをスタンダールさんは著書の中で趣味恋愛と呼びました。

僕は趣味恋愛はとても楽しいと思います。

とはいえ、生涯パートナーを得たい人は、趣味恋愛だけではなかなか見つけられないかもしれません。

そこには愛があるのか疑問で、「満たしたい」とか「楽しみたい」が先行してしまうからです。

自分を満たすだけであれば、それって本当に誰でもいいってことなんです。

よくわからないですが「その人じゃないと嫌だ」という思いが、どうやら恋愛になるようなのです。

 

恋も愛も知らないと知ろう

私たちは、当たり前のように恋や愛を語ります。

まるで自分が知っているかのように、たくさん経験してきたように、恋愛とは? 愛とは? を定義しようとします。

それはそれで楽しいのですが、もし恋したいとか、愛すべき人を見つけたいという思いがあるのであれば、探してみることは価値があるでしょう。

誰かと出会ったとき、そして話してみたとき、ドキドキするというのは奇跡みたいな話。

わかったつもりになって頭ガチガチに固めて、頭いいふりして趣味恋愛をただ楽しむというのも快楽です。

とはいえ恋愛という旅は、出てみるとなかなかおもしろいものですよ。

お酒やたばこと恋愛を同列にするのもそれはひとつの恋愛の形ではあるんですが、せっかくなら情熱的な恋愛をしてみませんか?

誰かを好きになるってとんでもなく美しい結晶なんですよ。

あきらめないでほしいですね。

少なくとも僕は、ひとりの人を愛するということは素晴らしいと思っています。